常滑市 榎戸区

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堤防を守った経石(新田町)
 

(参考文献)  「常滑の城」    吉田弘著     (常滑の史跡を守る会)     1997年発行

 

拡大写真

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この年も大きなうねりをもった土用波が、新田の堤防をゆるがすように打ちつける季節がやってき
ました。

二百十日も近づいたある日、榎戸村の庄屋、佐治兵衛さんは、さっきからすっかり出そろった稲穂
の波と、曇り空のかなたから運ばれてきては、堤防近くで小山のように盛り上がってくずれる大波を
かわるがわる見比べながら心配顔でした。

「また、堤が切れなきゃいいが・・・・・。」

おととしも、ここの堤防が切れて、せっかく実りかけた稲田に、海水が流れ込んで全滅してしまったのです。

その修復作業が長引いて、去年は、ついに田植えをあきらめなければなりませんでした。

ことしは、まだじゅうぶんに塩抜きができないまま田植えを行ったため、稲の育ちは、あまりよくあり
ませんが、それでも、目の前には、稲穂の波がさやさやとさやぐほどにはなっています。

二百十日、二百二十日も、このまま無事に過ぎさえすれば、かなりの収穫が望めます。

ここ鬼が崎海岸に新田が築かれてから、田地の少ない榎戸村にとって、ありがたい米倉の役を果
たすようになりましたが、時々、護岸の堤防が切れて、黄金の波が白波と化すようなことがあって、
村人たちを困らせていました。

この日、佐治兵衛さんが心配していたことは、的中しました。翌日になって、黒い嵐雲が切れ切れに
北へ飛ぶようになり、夕方には、強い東南の風が吹きはじめ、夜半になって大つぶの雨をまじえた
暴風雨がごうごうと荒れ狂いました。

その夜、村の男たちは、総出で堤防を守りましたが、ちょうど満潮時にあたる真夜中、身の危険を
感じて引きあげにかかりました。

その直後です、男たちが、背後でゴーというものすごい音を聞いたのは。

そして、時を移さず、きばをむいた海水が男たちに襲いかかりました。その時、逃げ遅れたいく人か
が翌朝、海となった新田の中から死体で発見されました。

「気の毒にのう、また人柱とならっしゃった」

村人たちは、悲しみをこらえて復旧工事にとりかかりました。

「こうじっとじっと切れたんじゃ、たまらんわい。まあ二度と切れんようにがんじょうな堤を作らめえ」

復旧工事は、尾張藩からの助成金も受けて、特に念入りに進められました。そうしてその翌年の
三月には、よく切れる一番むつかしい部分を除いておおかた完成し、いよいよ最後の塩留工事
にとりかかりました。ここは地盤が柔らかくて、いつも海水がくぐって決壊の原因を作るところです。

そこには、特に多くの土台となる根石を入れることにしました。ちょうどその工事にかかった日の
休み時間に、役頭の宗右衛門さんが言いました。

「皆の衆、毎日ごくろうです。ようやく完成のめどもつきましたが、ここで皆さんに相談したいことが
ございます」

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